滝沢歌舞伎からの卒業

もう何回も、書いては消し書いては消しを繰り返している。さっき消した下書きの書き出しはこうだった。

『なんか卒業文集みたいな硬いタイトルになってしまった。でも卒業文集で合ってるかもしれない。』

 

5月の最後の日、日曜日ではないイレギュラーな日に健くんが書いたにこ健°は、健くんなりの2年に及ぶ滝沢歌舞伎からの卒業文集のひとつのようだった。出ていた本人が区切りをつけたのだから、私もそうしなければ。そう思っても一向に言葉が出てこなかった。否、今でも出てこない。それでもどんどん時間だけが過ぎて、大事に抱えている筈の自分の気持ちも少しずつ少しずつ砂のようにさらさらと零れ落ちて行くのが怖いから、とりあえずなんとか言葉にしてみようと思う。私なりの卒業文集だ。

 

 

 

 

滝沢歌舞伎2017で、長年のジャニオタ人生でもぶっちぎりの回数を重ねてしまった。でも正直、まだ観たいのだ。多分半年やると言われたら、同じペースで半年行き続けてたと思う。なにが私をそこまでの衝動に突き動かしたかって、『健くんが楽しそう』ということがとにかくいちばん大きかった。去年の気迫、迫真、鬼気迫る、みたいな、毎日精神的肉体的に様々なものをすり減らしながら舞台に立つ健くんも勿論魅力的で、こちらも毎回様々な感情を抱えながら祈るような気持ちで観ていたけれど、今年の、好きな人がとにかく楽しそうに舞台に立つ様は他に代え難いものがあった。

 

しかもいつ観ても、1日2回公演が続こうが公演期間が終わりに近づこうが寸分の緩みも無く、クオリティが劣らないのだ。何十回Maybeを観ても、MASKを観ても、勿論他の演目や2幕も、1回たりとも違和感を感じたりパフォーマンスに集中出来ない回はなかった。(むしろ日々少しずつ表現を変えてきて、これこそが生の醍醐味だととても楽しかった。)近年の健くんはずっとそんな感じなので特別なことでは無いが、それでもやっぱり1ヶ月以上ほぼ毎日同じ集中力、同じクオリティを保ち続けるのは並大抵では無いと思うのだ。

これは健くんだけじゃなく、座長を始めとした滝沢歌舞伎の舞台に立つ出演者、Jrの子ひとりひとり全員に言えることで、「3時間半近くやって、1度たりとも嫌な思いになることが無い」と千秋楽の挨拶で健くんが言ったのを聞いて「いやほんとそれ!!」とTwitterなら同意ふぁぼ100万回押したい気分だった。隅々まで滝沢座長の神経が行き届いていて、観ていてもなんかこのシーン嫌だな、とか、この人あんまり気持ち入って無いなとか眼が死んでるなとか思うことがまず無くて、そういった事にストレスを感じずに観られたのも、こんなに滝沢歌舞伎が楽しかったと感じられる一因だと思う。とにかく健くん、そして座長が創り出す空間と『お客様を楽しませよう』という気持ちに信頼しか無かった。

 

Jrの子たちから漏れ聞こえてくる健くんの話からも去年よりさらに縮まった距離が見えて、それはそれは嬉しかった。去年だけだって、それまでから考えたらあり得ないようなことの連続だった。佐久間にまとわりつかれる健くんがまんざらでもなさそうだったり、後輩に洋服をあげるジャニーズ伝統行事を執り行っていたり。

でも、今年は健くんとJrが一緒にお風呂に入ってることについて、阿部「去年では考えられない(笑)」深澤「「Jrとは一切関わらない!」って言ってた人が1年経ったらお風呂に入っちゃうっていう」と言っていたように、同じ数ヶ月でも去年の数ヶ月と今年の数ヶ月では縮めた距離の幅が違うというか、去年の人間関係の積み重ねがある所からのスタートはとても大きかったように見えた。

それは座長との関係でも言えることで、今年は稽古が始まる前の雑誌撮影の時点で健くんの表情は去年と如実に違っていて、とてもリラックスしているように見えた。決してなあなあな馴れ合いではなく1本筋の通った、それこそ健くんの言葉を借りると「大木のような」座長の下で築いた信頼関係だったからこそ、健くんがとても楽しくやれたのかなと勝手に思っている。

 

 

思えば2年前の滝沢歌舞伎2016の初日を迎えるまでは、健くんがコンサートのソロコーナー以外で1人で歌って踊るということに頭がついていかず、正直な所不安ばかりだった。私は健くんが好きで人生のほとんどを健くんしか見ていなかったから、V6以外のファンの人から見たらどのように見えるのか、どのような出来栄えに映るのか想像すら出来なかったのだ。健くんはこのままジャニーズの伝統文化や何百人もいる後輩とは無縁のまま芸能人生を過ごして行くのだと思っていたから、滝沢歌舞伎に出るというニュースは青天の霹靂と言ってよかった。

あれから2年、ここまで書いたように楽しそうに活き活きとジャニーズ伝統と言うべき要素が詰まった滝沢歌舞伎のステージに立つ健くんを見るにつけ、人生って何が起こるかわからないなあと思うし、去年出演前に健くんが言った、「今自分がこれをやる意味としては原点回帰ってことかもしれない。このタイミングじゃないと出来なかったかもしれない」「やるからには全身全霊、命を削る思いでやりたい」という言葉の意味を2年目の千秋楽が終わった今、改めて噛みしめている。

 

千秋楽の挨拶でふっかが言った「健くんからは仕事への熱心さを学びました」という言葉が私は本当に本当に嬉しくて、この2年間まさに全身全霊でステージに立ち続けた健くんを近くで見た後輩たちがその思いを受け取ってくれたのだろうし、もしかしたら健くんの言う通り今だからこそ伝えられたのかもしれない。

健くんは「想い(気持ち)のこもっていないものはいらない」と以前から言い切っていて、その確固たる意思の元舞台に立っているからこそ、Jrでも驚くほど本番直前まで練習を重ねていたり、寸分の緩みもないパフォーマンスが出来るのだと私は思っている。でも健くんだって決して最初からそうだったのではなく、きっと色々回り道してたどり着いた信念がそうだったように、年若いJrの子たちに「想いをこめること、それがないと人の心には届かないこと」についてほんの少しでも何かしらの気づきを与えることが出来たならいいなあと勝手ながら思う。

Jr内ユニット群雄割拠時代、個々の魅力やパフォーマンス能力は誰も劣らないはずだ。だからこそ、想いをこめることの大切さに気づいた人はもっといい表情でもっといい表現が出来るだろうし、この先の滝沢歌舞伎やジャニーズの舞台は素晴らしいものになると信じている。

 

 

千秋楽のいちばん最後、座長にハグされた健くんの溶けそうな位の笑顔は、嬉しそうと同時にとても清々しくて、傍目にもやり切ったんだなあというのが伝わってきた。2年目があってよかった。心からそう思った。

私にとっても、本当に本当に最高の春だった。私が去年よりもっともっと座長やJrの子たちを好きになった春だったように、座長やJrのファンの方が、今年もまた少しでも健くんを好きになった春だったように願っている。

 

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三宅担が行く滝沢歌舞伎2017 5月第1週を終えて

新橋演舞場に通い過ぎて、友人から「みずきさん、会社はどうしてるんですか?」と真面目に聞かれました。行ってます。平日夜は残業してるか新橋演舞場にいるか、みたいな感じのデッドオアアライブ的な生活送ってる。

 

最早あと1週間で千秋楽ってとこまできたけど、個人的な気持ちを。

 

 

 

今年の健くんちょ〜〜〜〜〜〜楽しそうで!!

去年も楽しんでたと思ってたけど、やはり怪我があって、気迫とか、とにかくそれをいかに感じさせず出来ることをやるかに賭けた極限状態の感があって、勿論観てるこちらもそれを日々感じながら観ていたから自然必死になる気持ちが強くあったんだな、と今年の滝沢歌舞伎を観てやっとわかった。

今年の健くんはとにかく楽しそうで、2年目で人間関係も築けているからかリラックスして望んでいるのが観てるこちらにも伝わってくる。だから私も今年はただただ楽しい。脳みそが溶けそうな楽しさとでも言うのだろうか、多分半分溶けかけてると思う。

 

 

毎日見ても新鮮に顔がかわいくてかっこよくて、腹筋太鼓では「お顔が最高にかわいい!!!!身体も最高!!!!!」って毎公演めちゃくちゃ高まってるし、

Maybeからの蒼き日々では健くんの余りの美しさに「アイドルでいてくれてありがとう………」って謎に感謝の気持ちに溢れてる。あんなに宇宙一かわいい顔の人がイージーモードな人生を送らずにアイドルとして毎日ハードな公演をこなして、気力体力を擦り減らしながらキラキラした衣装を着て歌って踊って笑顔を見せてくれて、なおかつ裸で太鼓叩きながら360度回転してくれるとか、そんなありがたいことあっていいんですか???って思いながら毎回観てる。三宅担まじハッピー野郎。この間友人に「V担の中で三宅担がいちばん楽しそう」って言われて、即レスで「楽しい!!!!!!」って返したもんね。そのくらい今年の春も楽しい。

ツアーも楽しみだけど、その前に滝沢歌舞伎にのめり込み過ぎて私の2017年は5月14日で終了ってな具合なので、最近の私の口癖は「新橋演舞場と心中」です。

では残りの1週間も全力で。