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日本アカデミー賞受賞に寄せて

第38回日本アカデミー賞、最優秀主演男優賞と最優秀助演男優賞、話題賞の3冠おめでとうございます。壇上の岡田はとてもとても輝かしかった。

俳優としてのファンではなくV6という所属するグループのファンとしての言葉になってしまうし、私に岡田を語れることなんてこれっぽっちもないけれど、それでも嬉しいので少しだけ話しをさせてください。


僕、向いてると言われたのが、芝居と格闘技しかなくて。その2つだけが向いてると言われて、20年前からこの仕事をさせて頂いていますけれど、何もできなかったんです。本当に怒られて、ずっと怒られ続けて、20年間の間で、たくさんの役者さんや、スタッフのみなさん、役所(広司)さんや、中井(貴一)さんにもたくさん教えて頂きましたし、本当にスタッフのみなさんに、いろんなことを教えて頂いたり、格闘技を教えて頂いたり、人間を作っていくということを20年間たくさんの出会ってきた方々に教えて頂いて、このような素晴らしい場所に立てるようになりました。それをみなさんに本当に感謝したいと思っています。いままで応援してくれた、きょうテレビもあるということですので、テレビの前の気にかけてくださったみなさまも、本当にありがとうございます。ここに立てるようになりました。(最優秀主演男優賞スピーチより)
報道:スピーチのときに、「誇りに思うと周りに言ってもらえたのが嬉しい」とおっしゃってましたけど、V6メンバーの方から誰かお祝いは?
岡田:メンバーの井ノ原(快彦)くんです。井ノ原くんがメールをくれて、1人ですけど、誇りに思うと。僕は芝居の方に気持ちがずっと行った時期がありまして、それを言ってメンバーも許してくれましたし、応援してくださるみなさまも許してくれながらでした。結構20年間いろいろあったので、その中で、「この場所に立てる岡田というのは誇りに思います」ということとお酒をもらって。それは20年一緒に頑張ってきた仲間なので。初めて「誇りに思う」って言われたので嬉しかったですね。(セレモニー終了後の会見より)



岡田の20年というのはイコールV6の歴史でもあるんだなあと当たり前のことにしみじみとする。それと共に、V6のメンバーでいることを20年間続けてくれてよかった、と心から思う。

本人も会見で言っているように芝居に気持ちが行っていることも多かったし、昔は、今すぐどうという話ではないと前置きしながらも「もしV6を辞めたら」みたいな話を何度も口にしていたし、実際木更津キャッツアイというドラマに出会わなければ20歳で芸能界を辞めていただろうとも言っている。こんな調子だったから、きっとメンバーにも辞めたいという話をしたことがあるだろうなと私は勝手に想像している。

過去の岡田の話をするときいつも思い出すのが、2006年のコンサートが終わった後の健くんの言葉だ。

「ツアーでよかったって思うのは、岡田が全部のメシ会に参加するって言って、本当に来たこと。なんか、今年になってすごいアイツが変わったなって感じるんだよね。今までは映画とかで忙しかったっていうのもあるんだろうけど、一緒にいても、この人ここにいないなって感じる瞬間があったのよ。でも、今年は、ちゃんとアイツがここにいるなって思った。それが、オレが今回のツアーでいちばんうれしかったことかな。」(Wink up 2006年11月号)

『一緒にいてもここにいない』って結構すごい重いやつ!グループ結成10年過ぎてようやくここに。辞めるという選択をしなかった岡田と、心がここにいないと思いながらも、それを許して岡田の信じる道を行かせてグループという形を続けることに心を砕いたメンバーに改めて感謝感謝である。途中で1人でも諦めていたら、去年の紅白歌合戦のステージだって今年の20周年だって迎えることが出来なかった。



高校生の頃から20代までびっくりするほど中2病を拗らせたような岡田だったが、それでも誰もが認めるような努力をしてきたし、しかもいちばんすごいのは『岡田に出来ないことは無い』ことだ。向いていると言われたのが芝居と格闘技の2つだけ、と本人は語っているが、例えば10のうち向いていない他の8も練習によって平均点以上を叩き出せることが岡田の本当にすごいところだと思う。

推されてスケジュールがエグいときは【V6のコンサートをやりながら舞台の稽古→舞台の本番をやりながらコンサートのリハーサル→カミセンのコンサートをやりながら連ドラの撮影】*1殺す気かみたいなこともあって、そうでなくても他の仕事のためにコンサートリハには3度しか出られず振り付けはビデオを見て自主練、なんてことがよくあったが、絶対に振り付けは頭に入ってるし衣装替えめっちゃ早いし出とちりなんて絶対にしないし、なんなら健くんの立ち位置の間違いまで指摘出来る。水上ゴザ走りだって玉乗りジャグリングだって見たこともない中国の楽器だって本気で立ち向かって、なんだってこなせるようになるのだ。でもそういうのが本人が若い頃は嫌だったのかなあと今になって思う。アイドルという職業自体が、歌だって踊りだってバラエティだって芝居だってなんでもこなせるようにならなきゃいけない。こなせるようにはなったけれど、自分がこの先突き詰めて行くものはなんなのか、何が向いていて何が出来て何をやりたいのか、それをもがいて苦しんで得たものが残りの2である芝居と格闘技だったんだろうと思う。


自分にとっての強みを得て、段々と自信を付けた岡田が昨日、日本アカデミー賞を獲得した。今年2015年の目標は「グループの活動と芝居の仕事の両立」だと言う。昔の不器用だった少年はもういない。どうか、近々行くであろうエベレストでの次回作の撮影を無事に終えて、コンサートで6人の姿を見せて欲しい。ただの末っ子に戻って、「お前は岡田、オカダの3文字に尽きるんだよ!」と、健くんばりに笑って言わせて欲しい。私たちにとっても誇りだ。岡田、心からおめでとう!!





*1:2003年夏から秋