思い出の服と、同担の話

今週のお題「好きな服」

今でも捨てられない、思い出の服がある。

遠い昔、自担である健くんにコンサートで手渡しでサインボールを貰った。あろうことか1ツアーで2回そのボールを貰い、その2回とも同じ服を着ていたのだ。首元に白いファーのついたアブワイザーリッシェのニットに、ビアッジョブルーの黒いスカート。つけ爪のチップまで捨てられないで取ってある。


秋のカミセンツアー、1つ目は青森のホールだった。その年の夏のコンサートで、ボールを手に持った健くんが目の前に止まったので、意を決して頂戴という風に手を出してみたらその途端に踵を返して立ち去られるということがあり、相当心に傷を負っていて一生自分からは手を出さないと決めていた。*1  その時も健くんがボールを持って目の前に立ち、指をさされても絶対に手を挙げることが出来ず、一緒に入った友だちに「そんなんじゃ健があげづらいやろ!!!」と怒られて、友だちに無理やり掴まれ伸ばした左手の上に、ポンと黄色いボールが乗ったことを今でも覚えている。健くんの顔なんてとても見ることは出来なくて、気付いた時にはもう花道からステージに戻る後ろ姿だった。うれしかった。


2つ目は東京の国際フォーラム、ツアーの最終公演。仲の良い岡田担とその友だちの健担と3人だった。友だちの友だちである同担の子はとても大人しい子で、コンサート中でもあまり動かず静かに見ているタイプの女の子だった。対する私はオーラスのトリプルアンコールで待ちに待った『Theme of Coming Century』のイントロが流れた瞬間、テンションが最高潮に達して若干周りに引かれるほどびょんびょん飛び跳ねていた。曲の途中、健くんが前で止まって私たちの方を指差してくれた。わぁっ!となって嬉しくてこちらもしばらく手を振っていたら、振っていたはずの自分の手がドンという衝撃と共に突然胸のあたりに持って行かれた感覚があった。恐る恐る手を開くと、私は黄色いボールを握っていた。階段状になった花道の上にいたはずの健くんがそこから降りてきて、私の手にボールを置き、その手ごと胸に押し付けるようにしてまた花道に戻っていったようだった。ようだった、というのは覚えていないのだ。あまりに一瞬というよりは、1ヶ月ちょっと前に貰ったばかりでまた貰えるとは夢にも思っていなかったからだ。健くんが降りてきたからにはすごい歓声が上がったはずだが、私には何も聞こえなかった。気付いた時には柵向かってもたれてしゃがみこんでいた。私の手にあるボール。うれしさより、驚きと、どうしようという気持ちの方が強かった。後ろを振り向けない。だって、同担と一緒に入っているのだ。大人しい子だったがさっきまで一緒に楽しくやっていたのに、今はどうだ。怖くて後ろを振り向けない。

そのまま公演は終わり、岡田担とだけいやはやいやはや…みたいな中身のない会話をしているうちにボールの写真を撮らせて欲しいという子たちに囲まれ、なんとか会場を出たがほとんど会話をせぬうちにすぐ前の有楽町駅で2人と別れた。同担の子とは当然ながら言葉を交わすことはおろか、目を合わせることも出来なかった。ただのファンサとはレベルが違った。勘違いだよ、と否定することも出来ないのだ。


それから私は、同担とコンサートに入ることを止めた。その子は勿論、数少ないながらいた同担の友だちとも没交渉になった。私は怖くなったのだ。自分が望まなくとも、こんなに友だちを傷付けることがあることに。そして、自分が傷付けられる可能性もあることに。あれから10年以上経つが、実はまだ同担とコンサートに入っていない。実際入る友だちもいなかったし、同担拒否と取られても仕方ないと思う。だが長い月日が経ち、Twitterを始めてから同担の友だちも出来て、自担のよかったところ、かっこよかったところを共有する喜びを知った。そろそろ試してみていい頃だと思う。あれから10歳以上年を取った私は、きっと大丈夫な気がする。

*1:今でも、例えハイタッチであっても自分から健くんに手を出すことが出来ない